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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1232号 判決

控訴人

難波工業株式会社

右代表者

遠上武三

控訴人

徳山隆一

右両名代理人

小倉武雄

ほか二名

被控訴人

伊藤忠輝

右代理人

江谷英男

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

被控訴人主張の請求原因事実は当事者間に争いがなく、これに対し控訴人らは相殺の抗弁を提出しているので、その当否につき判断する。

控訴人らは、まず、原判決添付目録AないしEの各約束手形につき被控訴人が手形振出しの代理権を市川昇に授与した旨主張し、右名手形の「伊藤清風」という振出人名が被控訴人の通称であり、その記名印と名下印影がそれぞれ被控訴人のゴム印および印章によるものであることは、〈証拠〉によりこれを認めることができる。しかし、同じくこれら各証拠によると、右記名印や名下の印影は、被控訴人の主宰する伊藤産業有限会社の従業員たる市川が被控訴人には無断でそのゴム印や印章を押したものであることが認められるから、被控訴人の記名印や名下の印影をもつて代理権授与の証拠とすることはできない。また、成立に争いのない乙第二号証には右各手形が被控訴人の承認を得て振り出された旨の記載があり、原審証人生駒勝太郎もこれと同趣旨の証言をしているけれども、これらは前記証人市川の証言および被控訴本人の供述に照らし信用できず、ほかには、被控訴人が手形振出しの代理権を市川に与えた旨の控訴人ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そこで表見代理の成否につき考えるに、民法第一一〇条の表見代理が成立するためには、行為者になんらかの代理権がなければならないところ、前に掲げた証人市川および生駒の各証言ならびに被控訴本人の供述によれば、市川は前記伊藤産業有限会社の従業員として会計事務を担当していたこと、および、同会社は前に手形の不渡りを出したため代表者たる被控訴人個人やその妻子の名義で手形を振り出しており、かような会社関係のものについては市川は被控訴人の指示によりその個人名義の手形に要件を記載したり記名押印をする衝に当たつていたことを認めることができる。しかし、市川が右以上の権限を与えられていたことについては、原審および当審証人生駒勝太郎が市川は右会社の支配人としていつさいを任かさせていた旨証言しているけれども、これは右の証人市川の証言および被控訴本人の供述に照らし信用できず、ほかには右事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、けつきよく市川は右会社のため事務的な事実行為をする権限は有していたけれども、法律行為とくに被控訴人個人に法律効果の及ぶような行為につきこれを代理する権限は与えられていなかつたものといわざるをえない。

以上のとおりであるから、前記AないしEの各手形については市川にその振出しの代理権がないのみならず、民法第一一〇条の表見代理成立の余地もないものというべきである。そこで、最後に控訴人ら主張の使用者責任につき検討するに、被控訴人の主宰する前記会社との関係ならばともかく、被控訴人個人との関係において市川がその被用者であることを認めるべき証拠はなく、そのうえ、生駒勝太郎から控訴人難波工業株式会社への損害賠償債権の譲渡についても、これを認めるべき証拠がない(むしろ、当審証人生駒の証言によつて認められるように、生駒は、手形債権として請求できる手形ということで右AないしEの各手形を右控訴会社に譲渡したにすぎない)。

要するに、控訴人難波工業は、相殺のため主張する手形債権も損害賠償債権も有しないのであるから、控訴人らの抗弁は採用することができない。そして、前記請求原因事実によれば、被控訴人の本訴各請求は正当として認容すべきである。よつて、これと同趣旨に出た原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条および第八九条に従い、主文のとおり判決する。(井関照夫 藪田康雄 賀集唱)

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